危険なものをあえて使う理由
危険だからといって避けずに子どもに包丁、マッチ、アイロンなどあえて本物を使わせるのはなぜでしょうか?
モンテッソーリ教育には日常生活の一場面の動作(コップに水を注ぐなど)を練習する「日常生活の練習」(※)という教育分野があります。この最終的な目的は「練習」を超えて「本物」に還元されるという背景があります。
つまり実生活の場面で子どもがコップに水を注いだり、包丁で野菜を切り火を扱い、お料理をします。
このために練習の段階ではあるけれども
【実生活の場面で対応できる扱い方を身につけるため】、
危険を伴うものも含まれています。
また、本物の包丁やアイロンだからこそ子どもは自然に慎重に扱おうをします。
この結果、ゆっくりした、丁寧な動きとなります。
(モンテッソーリ教育関連の本ではありませんが、子どもの手のサイズにあう包丁の選び方などについては「台所育児~1歳から包丁を~」坂本廣子著 農山協発行 に詳しいです。)
※日常生活の練習とは?
「日常生活」とは、言葉のとおり、毎日の生活のことです。
朝起きると・・・
顔を洗う。着替える。ごはんを食べる。お茶をコップに注ぐ。歯を磨く。靴を履く・・・。
書き上げると切りがないほど、いろいろなことを日常生活の場面で行っていますね。
日常生活で行われるいろいろな動き「立つ、座る、にぎる、そそぐ、つまむ・・・」
これらの動きを自分のものにしたい!と子どもは心から切望しています。
(モンテッソーリ教育ではこれを「子どもは運動の敏感期にある」といいます。)
この時期の子どもは
「自分の身体を自分でコントロールできるようになりたい!」
と強く願っていますので、「自分がやりたい!」と思っている「動き」に出会うと、
自ら進んでその動きを真似しようとします。
しかし、その動きが「液体をコップに注ぐ」という行為であった場合には、「牛乳」は大きな大人が使いやすい大きさのパックに入っています。
もちろん、子どもの手には合いません。
そして子どもが、自分自身で「コップに牛乳を注ぐ」とたいていの場合、失敗に終わり、牛乳を無駄にします。子どもの中には失敗感だけが残ってしまいます。
モンテッソーリ教育の「日常生活の練習」では大人の日常生活の場面から子どもが必要とする動きだけを抜き出して、子どもができるような形(大きさ、重さ、形状)で環境におきます。
これが「日常生活の練習」の『練習』の意味するところです。
「液体をコップに注ぐ」であれば
・牛乳の代わりに「色水」を使います。
・牛乳パックの代わりに「ピッチャー」が用意します。
この環境を使って
・「注ぐ」やり方を子どもに、ゆっくり丁寧に分かるようにやってみて、
その後
・子どもが一人でできるように環境にセットします。
・ピッチャーの水をふき取るふきんや台ふき、床のぞうきんなどもセットし
失敗の後始末も子ども自身でできるように用意をします。
「日常生活の練習」で得た動きは「本当の日常生活に活かしていく」ことが重要です。
例えば、お昼ごはんのときには「お茶をそそぐ」をしたり、「鉢植えに水をそそいだり」。
こうして日常生活の実際の場面で自分の身体で「本物」を扱うことができ、やりたいことができるようになると子どもは精神的に満たされ満足し、自信をつけます。

モンテッソーリ教育では、包丁、はさみ、目打ち、針、アイロン、マッチ、陶器など本物の道具を使います。ご家庭で実践なさるときは、最初に必ず危険である ことを子供に知らせ、それをどのように慎重に扱い、どのように受け渡しすれば危なくないか、使い終わった時にはどうすればよいか、ということも含めて提示 して(説明し、見せて)下さい。特に幼少のご姉妹兄弟やお友達が触って怪我されることがないよう管理し、くれぐれもご注意下さい。万一のことがあっても、 当方ではいっさい責任を負いません。



















