アイロンビーズが散らばっちゃった、その時・・・
やりかけのアイロンビーズにうっかり肘が当たって床に散らばっちゃったこと、ありますよね?娘のアイロンビーズへの興味は間隔をあけて訪れますが、その都度違うのはその後の対応です。
他人事のように見てみぬ振りをする時もあれば(怒)、助けて~と援助を求める時もあれば、黙々と拾う時もあります。今は、黙々と拾う時期。
モンテッソーリ博士は、貧しい子の施設で子どもらが机の下のパンくずを黙々と拾っている姿を見て、「子どもたちは卑しくてパンくずを拾っているのではなく、指先を使って何かをつまんで随意筋を鍛えたいという欲求から拾っているのだ」と考察しました。一方で同じ場所に居合わせた家政婦は、「卑しい。汚らしい。」と見向きもしなかった、というエピソードがあります。
でも、娘はもう6歳。「指先を使って何かをつまんで随意筋を鍛えたい」という時期を過ぎています。はて?
以前、「続・なぜ散歩中に線の上を歩く?~平衡感覚を鍛えたい?~」の中で、「大人でも気分転換したい時には読書やスポーツやピアノなどで静かに何かに集中する時間を持ちたいと思うように、子どもも何かに集中して静かな時間を過ごしたいという内的欲求があって、それが線上歩行につながっているのではないか」と考察しましたが、アイロンビーズ拾いも同じかも?!
私の仮説ですが、黙々と拾う時は、
・春休みや夏休み中で、母(私)が家事をしていて相手にしてもらえず暇な時間を過ごしている時。(=幼稚園で集中して何かに取り組む時間がなくて手を使った活動をしたい時。)
・運動会やお遊戯会の練習続きで精神的・肉体的に疲れがたまって、イライラしている時。
・新年度が始まって、新しい環境にまだ慣れなくて心がざわついている時 etc… 。
モンテッソーリ教育の重要なキーワード“正常化”へのスパイラルは、
①逸脱状態 (正常でない状態)
→②自分で選択して
→③全人格を傾けて集中
→④繰り返し取り組む
→⑤正常化
という道をたどるのですが、娘が黙々とビーズを拾う時は、無意識にこのスパイラルをたどって集中し、自分を正しい方向に導こうとしている時かも。折りしも今は新年度の新学期。いろんな新しい刺激に対して心を落ち着かせるひとときを持ちたいのかな(^^)?
モンテッソーリ博士のように子どもをよく観察し、いろいろな仮説を立てながら、子どもの本当の欲求を見抜けるようになりたいなあと思います。



















